コラムF ごろのしくじり帖
F-2

「じゃあ、やるか」で、燃料が空になった

軽い用事を最強で回すのをやめただけで、減り方がまるで変わりました。

(配置: 8章「ふところ事情編」の直後)

きっかけは、ある偉い人の発言でした。

半導体をつくっている会社の社長さんが、ある対談でこう言ったのです。年収五十万ドルのエンジニアが、年間二十五万ドル分のトークンを使っていなかったら、深く憂慮する。もし五千ドルしか使っていなかったと答えたら、キレる、と。

給料の半分くらいを、AIの燃料として上乗せで使うのが、これからの働き方だ。だいたい、そういう趣旨でした。私はそれを聞いて、深く納得しました。そういう時代なんだ。そういう働き方なんだ。じゃあ、やるか、と。

その日から、いちばん強い相棒を、いちばん深く考えさせて、大きいことも小さいことも、片っぱしから全力で回しました。天気を聞くのも、一行直すのも、全部その最強の相手に、全開で。夢の道具を手に入れた気分でした。まるで、どんな相手でも必ず捕まえられる、あの伝説の道具を握った子どものように。

気づけば、燃料が空でした。

いちばん強い相手を、いちばん深く考えさせて、全部に使えば、燃料はいちばん速く減ります。当たり前です。もっとこたえたのは、そのあとでした。ずっと動かしていたのに、では何ができあがったのかと振り返ると、ほとんど何も残っていない。ログも、記憶も、成果も残らない。強い道具を全力で振り回した実感だけがあって、手元は、空っぽでした。

あとで、こわいもの見たさで換算してみました。この間に使った量は、数億という単位のトークン。もしこれが、使った分だけ払う仕組みだったら、と計算したら、桁がまるで違いました。個人がふところから出すには、とても正気とは思えない金額です。これ、個人でやったら死ぬな、と、指先が冷たくなりました。給料の半分を燃料に、という話は、そういう規模の会社の、そういう働き手のための話だったのです。ごろの布団の中の話ではありませんでした。

立派な相棒を掲げたごろが、空の机とカレンダーの前で急速に空へ振れる燃料計に気づく

限界だったのは、道具の強さではなく、使い方でした。強い相手を全部に、全力で使うのは、贅沢ではなく、ただの無駄づかい。天気を聞くのに、その道の大先生を全力で呼び出す必要はありません。賢さは、ここぞという重い仕事のために取っておくもの。全部に最強を当てるのは、力を活かすことではなく、力を捨てることでした。

この一件のあと、私は手綱を握れるようになりました。数え上げると自慢めいてくるので、正直に二つだけ白状します。

ひとつ。相手を使い分けること。軽い用事は身軽な相手に、重い仕事だけ強い相手に。これだけで、燃料の減りはまるで変わりました。もうひとつは、もっと情けない工夫で、そもそも「全開」のつまみを、ふだんは戻しておくこと。考える深さを、いつも目いっぱいにしない。浅く速くでいい用事のほうが、じつは多かったのです。

たったこれだけを覚えるのに、燃料を一つ空にしました。強さを追うのをやめて、配り方を考えるようになった。それが、この授業料で私が手に入れたものです。

「いつも最強を選ぶのは、ただの無駄づかい」という話そのものは8-4「最強を、全部には使わない」に、考える役と手を動かす役を分けて相棒を併用する話は7-1「一匹に、全部やらせない」に、本編で書いています。私は強い相手が来たときほど、この二つに立ち戻るようになりました。

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Web追補オンライン追補。相手の選び分けや「考える深さ」の調整のしかたは、道具によって変わることがあります。いま選べる相手と、いまのやり方は amplinc.com/learn のごろレッスンで

あせらず、ゴロゴロ。

(F-2の枕にした発言の出典は巻末注に記載します。)

実録・やってみた

いちばん強い相棒が新しく来た、その週のことです。私はうれしくて、設定を全部「最強・全開」に振り切りました。しかも、天気を聞くような軽い用事まで、その最強の相手に投げていました。たとえば、こんな具合です。

ごろ
ごろが打った文今日の東京の天気は?

これに、最強の相棒が全開の深さで答えると、こうなります。

相棒
相棒の返答東京の天気をお答えする前に、少し整理させてください。「今日」は本日の日付でよろしいでしょうか。また、東京都は二十三区と多摩地域で天気が分かれることがあります。どの地点を基準にしますか。屋外の予定に合わせるなら時間帯別の推移も出せますし、洗濯や通勤の可否まで踏み込むこともできます。(…確認と前置きがさらに続く…)

画面で見えることたった一行の質問に、丁寧すぎる長い返答と逆質問が並ぶ。

天気が知りたいだけなのに、大先生が腕まくりして相談に乗ってくれる感じでした。悪くはないのです。ただ、これを一日中、何十回も、全部の用事でやっていました。数日たって、ふと使用量の表示を見て、血の気が引きました。

言い方を変えるだけで、同じ用事がこう変わります。軽い相手に、深さを浅くして頼み直すと、

ごろ
ごろが打った文これは軽い用事です。深く考えず、今日の東京(都心)の天気を一行だけで。
相棒
相棒の返答今日の東京都心はおおむね晴れ、日中は上着がなくても大丈夫そうです。

画面で見えること一行だけ、すぐ返る。逆質問なし。

同じ「天気を知りたい」でも、手間のかかり方がまるで違いました。あとで、この数日に自分がどれだけ燃料を使ったかを、こわいもの見たさで並べてみました。数字はダミーではなく私の実感ベースの概算で、桁の大きさだけ受け取ってください。

[やっていたこと]        [使い方]              [体感の減り]
天気・雑談・一行直し     最強・全開で応答         重い用事1回ぶんが飛ぶ
本づくりの下書き         最強・全開で長文         数十回で一気に空へ
→ 軽い用事に最強を当てていた回数が、いちばん多かった
[直したあと]
軽い用事                 身軽な相手・浅い設定      ごくわずか
重い用事だけ             最強・深い設定           必要なぶんだけ

軽い用事を最強で回すのをやめただけで、減り方がまるで変わりました。 我慢したのではなく、相手と深さを配り直しただけです。

この日はこう返ってきました。相手や設定によって、逆質問の多さも答えの長さも毎回すこし変わります。同じ「天気」でも、その時々で返り方は違います。

手順

用事の重さに合わせて、相手と深さを配り分ける手順です。

  1. 頼む前に用事を一言で分類する(1行)

    こうした方がいい

    「これは考える用事か、片づける用事か」を自分に一問だけ聞く

    ごろはこうしてみた

    天気・一行直しは全部「片づける用事」でした。考える用事はごく一部だけでした。

  2. 片づける用事は身軽な相手へ回す(1行)

    こうした方がいい

    軽い用事に最強は要りません。身軽な相手で十分です

    ごろはこうしてみた

    天気・誤字直し・並べ替えを身軽な相手に移したら、減りが目に見えて緩みました。

  3. 考える深さのつまみを、ふだんは戻しておく(1行)

    こうした方がいい

    「全開」を常設にしない。浅く速くでいい用事のほうが多いからです

    ごろはこうしてみた

    深さを既定へ戻したら、軽い頼みで逆質問が来なくなりました。

  4. 強い相手・深い設定は、重い用事に取っておく(1行)

    こうした方がいい

    賢さは、ここぞの一手のために温存する

    ごろはこうしてみた

    本づくりの構成を練るときだけ最強に上げ、あとは戻す運用にしました。

  5. 大きい仕事は一度に投げず、小分けにして渡す(1行)

    こうした方がいい

    原材料を一気に投げ込むと、その一手で大きく減ります

    ごろはこうしてみた

    長い原稿は章ごとに区切って渡し、様子を見ながら進めました。

うまくいったかの確かめ方

二つです。一つは、一日の終わりに「何ができあがったか」を数えること。動かした量でなく、残った物で測ります。もう一つは、使用量の減り方が前より緩んでいれば、配り分けが効いている合図です。

ごろあなたの番3分

そのまま使える文例です。コピーして、自分の言葉に少し変えて使ってみてください。

これは軽い用事です。深く考え込まず、思いついた答えをさっと一つだけ返して。

この文章の誤字だけ直して。書き換えや提案は要りません。直したところだけ教えて。

増補もっと知りたい人へ (3)
深掘り

燃料が速く減った理由は、二つが重なっていたからです。一つは、相手の強さ。賢い相棒ほど、一回のやりとりで裏側の手間が大きく、その分だけ多くの燃料を使います。もう一つは、考える深さのつまみ。深く考えさせるほど、答えるまでに内側で長く回り、これも燃料を食います。強い相手を、深く考えさせて、全部に当てる。三つの「いちばん」を掛け算していたから、減りもいちばん速かった。 天気を聞くのに大先生を全力で呼ぶのが無駄なのは、答えの良し悪しでなく、この掛け算がまるごと無駄に回るからです。

もっとこたえたのは、量と成果が比例しなかったことでした。派手に動かした実感は、できあがった量とは別物です。強い相手を全開で回した高揚は、手元の成果を保証してくれません。だから立て直しの一歩目は、我慢ではなく仕分けでした。軽い用事は身軽な相手に、つまみはふだん戻しておく。この二つだけで、同じ仕事の燃料がずいぶん変わることがあります。強さを追うのをやめて、配り方を考える。それが授業料の中身でした。

例をもっと

軽い相手・浅い深さで足りる用事は、思っているより多いものです。まずは軽く頼む言い方から。

これは軽い用事です。深く考え込まず、思いついた答えをさっと一つだけ返して。

今日の献立を三案、一行ずつでいいので手早く出して。凝らなくて大丈夫です。

この文章の誤字だけ直して。書き換えや提案は要りません。直したところだけ教えて。

旅行のしおりのたたき台を、まず箇条書きでざっと。仕上げは後でやるので、今は速さ優先で。

(医療者向け・ダミーデータ前提)架空の検査値リストを見やすく並べ替えるだけ、を頼みたい。解釈や考察は要りません。並べ替えだけ手早く。

ごろつまずき集
  • 症状: 燃料の減りが妙に速い。原因: 全部を強い相手・深い設定でやっている。一手: 軽い用事を身軽な相手へ回し、深さのつまみをふだん位置へ戻す。
  • 症状: たくさん動かしたのに成果が残らない。原因: 動かした量を成果と取り違えている。一手: 一日の終わりに「何ができあがったか」を数える。実感でなく、残った物で測る。
  • 症状: どの用事が重くて、どれが軽いのか分からない。原因: 軽重の線を引いていない。一手: 頼む前に「これは考える用事か、片づける用事か」を一言だけ自分に聞く。
  • 症状: 一気にやったら急に大きく減った。原因: まとめて全開で走らせた。原材料を一度に投げ込んだ。一手: 大きい仕事は小分けにし、様子を見ながら少しずつ渡す。
あせらず、ゴロゴロ。
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