18章 デザイン編
18-5

上手にならなくていい。選べればいい

1案だけでは「好き」か「嫌い」しか言えませんが、3案あれば「この中ではこれ」が言えます

上手にならなくていい、という約束です。仕事は「作ること」ではなく、出てきた中から「選ぶこと」。それだけで、伝わる1枚になります。センスとは、うまく描く力ではありません。「これが好き」と言える力のことです。もうその力は、持っています。

「自分にはセンスがないから」と身構えてしまう人のための、考え方です。プロとして細部まで作り込みたい人は、この先の専門の道具へ進んでください。ここは、身構えなくていい人のための場所です。

ごろは3案、出してもらいます。3枚を布団の上に並べて、寝そべったまま、順に眺めます。1枚目は、真面目すぎ。2枚目は、なんか違う。3枚目を見て、しっぽがぴくりと動きます。理由は説明できません。ただ、しっくりくる。ごろはその1枚に、そっと前足を乗せます。「なんとなく好き」で十分です。デザインの本には難しい理屈がたくさん書いてありますが、ごろが使うのは、この前足ひとつだけ。選んだら、それを使います。おしまい。

布団に三枚の紙が並び、うとうとしたごろが左の一枚へそっと前足を置く
  • どこで: どの画面でも
  • どうやって: 「何案か見せて」と頼んで、1つ選ぶ
  • きっかけ: どれにするか迷ったとき
三枚の紙の前でごろが寝そべり、まんなかの一枚だけに前足を置いて選ぶ
>

締めの一言: 選ぶだけでいい。うまく描けなくても、「これが好き」がいちばん強い。あせらず、ゴロゴロ。

増補もっと知りたい人へ (5)
深掘り

「センスがない」という言葉の正体を少し解きほぐします。センスとは多くの場合、「うまく作れる技術」のことだと思われています。でも、もっと正確に言うと「良し悪しを見分ける感覚」のことです。これは、誰もがすでに持っています。おいしいものとまずいものを区別できる。気持ちいい部屋とそうでない部屋を区別できる。「これが好き」と「これは違う」を言える力、それがセンスです。デザインも同じです。作れなくても、選べる。選べるなら、伝わる1枚になります。複数案を出してもらうのは、選ぶための材料を増やす行為です。1案だけでは「好き」か「嫌い」しか言えませんが、3案あれば「この中ではこれ」が言えます。「この中では」という相対的な判断のほうが、ゼロからの絶対的な判断より圧倒的に楽なのです。ごろが寝そべったまま3枚の中から選べたのは、比べる材料があったからです。

例をもっと

「お知らせの下地を3案、それぞれ雰囲気が違う感じで出してください」

「名刺の候補を、明るい感じと落ち着いた感じの2パターン見せてください」

「今の下地に対して、文字の大きさを3段階に変えたバリエーションを出してください。小さい・今のまま・大きいの3枚で」

「A案を今の形で使うとしたら、どこをもう少し直せばより良くなりますか? 3つ候補を教えてください」

「(医療者向け・ダミーデータ前提)患者説明資料の下地を2案。一方は文章多め、もう一方は図多めでお願いします」

ごろつまずき集

「3案出してもらったが、どれも違う気がする」: 3案のうち「この部分は好き」という箇所を拾ってみてください。「A案の色とB案のレイアウトを合わせた感じ」のように、良い部分を組み合わせて次の指示にできます。

「何案出しても気に入らず、どこが問題か分からない」: 「気に入らない理由を3つ言ってください」と逆に聞いてみる手があります。AIが理由を言葉にしてくれると、自分が何を求めているか見えてくることがあります。

「選んだあと、それを使えるかどうか分からない」: 選んだ案を印刷する・メールに添付する・SNSに貼るなど、次の手順はオンライン追補で確認してください。「これを〇〇に使いたいのですが、どうすれば良いですか?」と話しかけても、たいてい教えてもらえます。

余談: ジャケ買い

私は昔、中身を知らないままレコードを買うことがありました。ジャケットの絵が良くて、それだけで手に取る。いわゆるジャケ買いです。外れることもありましたが、あの装丁がなければ、その音に一生出会わなかったのも確かです。これって、もしかしてデザインの話とおなじなんじゃないか、と最近になって思います。中身が同じでも、装丁が変わるだけで手に取られ方が変わる。見た目は、中身を軽くする飾りではなく、中身へたどりつくための入口なんだと思います。だから、お知らせや名刺の見た目を整えるのは、格好つけの作業ではありません。読んでほしい人に、ちゃんと届くようにするための仕事です。ごろが回覧板のお知らせを1枚整えるのも、近所の人にその一枚を手に取ってもらうため。入口を、そっと広げているだけです。

この章の転用サマリ

18章は「デザイン入門を話しかけるだけで済ます」という一本の筋です。M3連載(15分動画)なら1本で全5話を流せますが、18-1と18-2を「下地編」、18-3と18-4を「直し編」、18-5を「心得編」と3本に分けるほうが実演の密度が保てます。日経メディカルのコラムとしては各話が1本に対応し、「医師の患者説明」や「院内掲示物」との接点が多く5本連続で成立します。ワークショップなら、18-2(下地を出す)と18-5(3案から選ぶ)の2話だけを30分で回すコンパクト構成がお勧めです。「白紙から話しかけて選ぶまで」を参加者が体験すると、デザイン怖い感が一度に消えます。

あせらず、ゴロゴロ。
読んだ