発表の下ごしらえ。話す前に、たった三つだけ決める
いちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。
登壇の依頼が来ました。準備を始める前に、いちばん先に決めるべきなのは、次のどっちでしょう。
- A. スライドを何枚作るか
- B. 目の前の誰に、いちばん伝えたい一つは何か
答えは、この話のいちばん下にあります。
発表の準備をスライドから始めるのをやめて、たった三つの問いに答えるだけで、話の骨組みが立ち上がるようになります。
発表がこわいのは、内容が難しいからではありません。多くの人がつまずくのは、決めることが多すぎて、どこから手をつけるか分からないところです。話す相手も、時間配分も、伝えたいことも、全部同時に考えようとするから、頭がいっぱいになって、結局スライドの一枚目の白紙の前でかたまる。ごろも、依頼のメールを見た瞬間に、布団に帰りたくなりました。

やることは、たった三つの問いに答えるだけです。ひとつ、話す相手は誰か。同じ話でも、聞くのが初心者か、詳しい人かで、まったく変わります。ふたつ、持ち時間はどれくらいか。十分と一時間では、詰め込める量がちがいます。みっつ、この時間で、いちばん伝えたい一つは何か。ここがいちばん大事です。伝えたいことが三つも四つもあると、たいてい全部が薄まって、何も残りません。
この三つを決めて相棒に渡すと、そこから話の骨組みが立ち上がります。前の篇で「スライドは白紙からでなく骨組みから」という話をしました。あれの、もう一段手前です。骨組みを作る前に、その骨組みの「芯」になる三つを、先に決めておくのです。
そして、ここだけは太字にします。いちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。 二つ言いたくなったら、片方を次の機会に回します。一回の登壇で一つ、これが、聞いた人の記憶に何かを残す、いちばん確かなやり方です。
ごろは、相棒にこう頼みました。
「来週、勉強会で話します。話す相手はAIをまだ触っていない人が10人くらい。持ち時間は15分。いちばん伝えたいのは『こわがらず、一回さわってみてほしい』の一つだけです。この三つをもとに、話の骨組みを作ってください。まだスライドでなく、話の順番だけで。」
ごろのとなりに、話の流れがすっと出てきました。ごろは得意げに、そのまま清書にかかろうとします。ところが、骨組みの真ん中あたりに、「便利な使い方の例を5つ紹介」という一行を見つけて、手が止まりました。十五分で、五つは多すぎる。ごろは「一つ、いちばん身近なやつだけにしよう」と、四つを次の機会に回しました。
伝えたい一つに絞ると、話は勝手にやせて、そのぶん芯が通る。ごろは、依頼のこわさが、三つの答えで軽くなったのを感じました。
【BOX 人間の先生のはなし】人間の先生も、この「三つを先に決める」を使っています。院内の勉強会や、患者さんへの説明。話す前にまず、聞くのは誰で、時間はどれくらいで、この時間で伝えたい一つは何か、を決めるそうです。むずかしい話ほど、伝えたいことを欲張ると、何も伝わらない。「今日はこれだけ持って帰ってもらう」の一つを決めてから組み立てると、聞く人の顔つきが変わるのだそうです。ここに白衣は出てきません。話す前に三つ決める、という段取りの話だけです。
はじめの一歩- どこで: いつものチャット画面で。まだスライドの道具は開きません。
- どうやって: 「相手・時間・伝えたい一つ」の三つを書いて渡し、「話の骨組みだけ」と区切って頼む。
- きっかけ: 登壇を引き受けた、その日のうちに。三つを決めておくと、あとの準備が全部その上に乗ります。
はじめの一歩あせらず、ゴロゴロ。
登壇を引き受けた日の夜。ごろの手元には、依頼のメールと、まだ何も決まっていない頭がありました。書き出してみると、決まっていることは、思ったより少なかったのです。
決まっていること
・場所: 近所の勉強会(はじめての登壇)
決まっていないこと
・話す相手は誰か(たぶん初心者?)
・持ち時間(15分? 20分?)
・いちばん伝えたい一つ(たくさんある…)ごろは、まず「決まっていないこと」を、勉強会の主催者に一度だけ確かめました。相手は初心者が十人ほど、時間は十五分。そのうえで、いちばん重い「伝えたい一つ」を、自分で決めます。
- つかみ: 私も最初はこわかった、という話
- AIって、こわい? という素朴な問い
- 実は、話しかけるだけ(黒い画面は出てこない)
- 便利な使い方の例を5つ紹介
- きょう帰ったら、これを一回だけ
- まとめ: こわがらず、一回さわってみて 」
画面で見えること六つの流れが縦に並び、それぞれに一行の中身がついています。
ごろは、うなずきながら読みました。ところが、四つ目の「例を5つ紹介」で、手が止まります。十五分で、初心者に五つも見せたら、きっと全部こぼれてしまう。
- いちばん身近な例をひとつ(たとえば、晩ごはんの相談) └ 『ほかにもいろいろできますが、今日はこの一つだけ持って帰ってください』 」
画面で見えること五つあった例が一つになり、残りは「あとで」のひと言に変わりました。全体は、ぐっと軽くなりました。
仕上がった骨組みは、こうです。
1 つかみ 私も最初はこわかった
2 問い AIって、こわい?
3 答え 実は、話しかけるだけ
4 例 いちばん身近な例をひとつだけ
5 一歩 きょう帰ったら、これを一回
6 まとめ こわがらず、一回さわってみて
※芯は「一回さわってほしい」の一つだけいちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。 ごろは、欲張りかけたところで、四つを次の機会に回しました。
この日はこう返ってきました。三つの決めごとが同じでも、出てくる骨組みの流れや言葉づかいは、頼むたびに毎回すこし違います。
決まっていないことを、先に一度だけ確かめる
こうした方がいい相手と時間は、思い込みでなく主催者に聞く
ごろはこうしてみた「初心者10人・15分」を、勉強会の人に一度だけ確認した。
いちばん伝えたい一つを、自分で決める
こうした方がいいここは相棒でなく自分が決める。芯は自分の中にある
ごろはこうしてみた「こわがらず、一回さわってほしい」に決めた。
三つを揃えて渡し、「まず骨組みだけ」と頼む
こうした方がいいスライドを頼まず、話の順番だけを先に出させる
ごろはこうしてみた「まだスライドでなく、話の順番だけで」と区切った。
出てきた骨組みの「詰め込み」を探す
こうした方がいい時間に対して要素が多い場所を見つける
ごろはこうしてみた「例を5つ」が15分には多すぎると気づいた。
芯からはみ出す要素を、次の機会に回す
こうした方がいい全部消さず、「あとで」のひと言に逃がす
ごろはこうしてみた例を一つに絞り、残りは「もっと知りたい人は」にした。
固まった骨組みを、そのまま次の勝負(スライド)へ渡す
こうした方がいい三つ決め、骨組み、スライドを一続きにする
ごろはこうしてみた直後に「この骨組みをスライドの並びに」へつないだ。
手元の骨組みが、口で言える一つの芯を中心に流れていて、その芯からはみ出す要素を一つでも「次の機会」に回せていれば成功です。「今日はこれだけ持って帰ってほしい」を一文で言えたら、下ごしらえは終わっています。
答えタップして答え合わせ

B。 スライドの枚数は、いちばん最後に決まることです。
先に決めるのは、目の前の誰に、何を、ひとつ持って帰ってもらうか。この一つが決まると、話の順番も、要る枚数も、後からついてきます。順番が逆だと、枚数だけ決まって中身が空っぽの資料ができあがります。
増補もっと知りたい人へ (3)
なぜ、スライドより先に「三つ」を決めるのでしょうか。発表の準備には、決めることがたくさんあります。相手、時間、順番、枚数、言葉づかい、質問への備え。これを全部いっぺんに考えると、頭は容量いっぱいになって、いちばん簡単な「スライドの枚数」あたりから手をつけがちです。ところが、枚数から決めると、中身が枚数に引きずられます。八枚と決めたから八枚ぶんの何かを埋める、という空っぽの作業が始まるのです。相手・時間・芯の三つを先に決めると、この順番が逆になります。芯があって、時間があって、だから要素はこれだけ、と中身のほうから枚数が決まります。
三つのうちでも、いちばん効くのが「伝えたい一つ」です。人が一回の話から持ち帰れるものは、たいてい一つです。二つ三つ言われても、翌日に残るのは、良くて一つ。だから、話し手が最初から一つに絞っておくと、その一つが残る確率が上がります。逆に、話し手が三つ言おうとすると、聞き手の中で三つが押し合って、どれも残りません。「一つに絞る」は、話をやせさせる引き算に見えて、実は「何かを残す」ための、いちばん確かな足し算です。この芯は、相棒には決められません。相棒は骨組みを組むのを手伝えますが、目の前の誰に何を渡したいかは、あなたの中にしかないからです。
社内の勉強会で、新しい道具の使い方を20分話します。聞き手は同じ部署の10人。いちばん伝えたいのは「まず自分の作業を一つだけ任せてみてほしい」の一つ。この三つで、話の骨組みだけ作ってください。まだスライドはいりません。
趣味の会で、自分のものづくりの流れを5分で話します。聞き手は初心者。伝えたい一つは「完璧を目指さず、まず動くものを作る楽しさ」。骨組みだけ、詰め込まずに。
子どもの学校のPTAで、あるテーマを10分説明します。聞き手は保護者。専門用語なしで、伝えたい一つは「家でできる小さな一歩がある」こと。三つをもとに、順番だけ先に。
読書会で、この本の要点を10分紹介します。伝えたい一つは「難しく考えなくていい」。章立てに引っぱられず、その一つから逆算した骨組みで。
(医療者向け・ダミーデータ前提)院内勉強会で、あるテーマを15分話します。聞き手はスタッフ。伝えたい一つを軸に、骨組みだけ。数値や事例はすべて仮のダミーで、私が正しい内容に差し替えます。
つまずき集- 症状: 伝えたいことが三つも四つもあって、絞れない。原因: 全部大事に見えている。一手: 「今日話さなかった分は、次の機会に回せる」と考えます。一回で一つ。残りは在庫にしておけば、また話せます。
- 症状: スライドを先に作り始めて、中身が薄くなった。原因: 枚数から入った。一手: いったんスライドを閉じて、相手・時間・芯の三つに戻ります。中身は、三つから降りてきます。
- 症状: 相手や時間が、あいまいなまま準備が進む。原因: 思い込みで決めつけている。一手: 主催者に一度だけ確かめます。初心者と詳しい人では、同じ話でも別物になります。
- 症状: 骨組みが、15分に対して長すぎる。原因: 芯からはみ出す要素が多い。一手: 芯から遠い要素を「もっと知りたい人は、あとで」のひと言に逃がします。ごろが例を一つに絞ったのが、これです。
