20章 ひのき舞台編
20-1

発表の下ごしらえ。話す前に、たった三つだけ決める

いちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。

登壇の依頼が来ました。準備を始める前に、いちばん先に決めるべきなのは、次のどっちでしょう。

  • A. スライドを何枚作るか
  • B. 目の前の誰に、いちばん伝えたい一つは何か

答えは、この話のいちばん下にあります。

この話を読むと

発表の準備をスライドから始めるのをやめて、たった三つの問いに答えるだけで、話の骨組みが立ち上がるようになります。

発表がこわいのは、内容が難しいからではありません。多くの人がつまずくのは、決めることが多すぎて、どこから手をつけるか分からないところです。話す相手も、時間配分も、伝えたいことも、全部同時に考えようとするから、頭がいっぱいになって、結局スライドの一枚目の白紙の前でかたまる。ごろも、依頼のメールを見た瞬間に、布団に帰りたくなりました。

ごろが『だれに/どれくらい/いちばん言いたい一つ』の三箱へ札を入れ、大きな箱の形が組み上がる

やることは、たった三つの問いに答えるだけです。ひとつ、話す相手は誰か。同じ話でも、聞くのが初心者か、詳しい人かで、まったく変わります。ふたつ、持ち時間はどれくらいか。十分と一時間では、詰め込める量がちがいます。みっつ、この時間で、いちばん伝えたい一つは何か。ここがいちばん大事です。伝えたいことが三つも四つもあると、たいてい全部が薄まって、何も残りません。

この三つを決めて相棒に渡すと、そこから話の骨組みが立ち上がります。前の篇で「スライドは白紙からでなく骨組みから」という話をしました。あれの、もう一段手前です。骨組みを作る前に、その骨組みの「芯」になる三つを、先に決めておくのです。

そして、ここだけは太字にします。いちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。 二つ言いたくなったら、片方を次の機会に回します。一回の登壇で一つ、これが、聞いた人の記憶に何かを残す、いちばん確かなやり方です。

実演

ごろは、相棒にこう頼みました。

「来週、勉強会で話します。話す相手はAIをまだ触っていない人が10人くらい。持ち時間は15分。いちばん伝えたいのは『こわがらず、一回さわってみてほしい』の一つだけです。この三つをもとに、話の骨組みを作ってください。まだスライドでなく、話の順番だけで。」

ごろのとなりに、話の流れがすっと出てきました。ごろは得意げに、そのまま清書にかかろうとします。ところが、骨組みの真ん中あたりに、「便利な使い方の例を5つ紹介」という一行を見つけて、手が止まりました。十五分で、五つは多すぎる。ごろは「一つ、いちばん身近なやつだけにしよう」と、四つを次の機会に回しました。

伝えたい一つに絞ると、話は勝手にやせて、そのぶん芯が通る。ごろは、依頼のこわさが、三つの答えで軽くなったのを感じました。

【BOX 人間の先生のはなし】人間の先生も、この「三つを先に決める」を使っています。院内の勉強会や、患者さんへの説明。話す前にまず、聞くのは誰で、時間はどれくらいで、この時間で伝えたい一つは何か、を決めるそうです。むずかしい話ほど、伝えたいことを欲張ると、何も伝わらない。「今日はこれだけ持って帰ってもらう」の一つを決めてから組み立てると、聞く人の顔つきが変わるのだそうです。ここに白衣は出てきません。話す前に三つ決める、という段取りの話だけです。

>
ごろはじめの一歩
  • どこで: いつものチャット画面で。まだスライドの道具は開きません。
  • どうやって: 「相手・時間・伝えたい一つ」の三つを書いて渡し、「話の骨組みだけ」と区切って頼む。
  • きっかけ: 登壇を引き受けた、その日のうちに。三つを決めておくと、あとの準備が全部その上に乗ります。
ごろはじめの一歩

あせらず、ゴロゴロ。

実録・やってみた

登壇を引き受けた日の夜。ごろの手元には、依頼のメールと、まだ何も決まっていない頭がありました。書き出してみると、決まっていることは、思ったより少なかったのです。

決まっていること
・場所: 近所の勉強会(はじめての登壇)
決まっていないこと
・話す相手は誰か(たぶん初心者?)
・持ち時間(15分? 20分?)
・いちばん伝えたい一つ(たくさんある…)

ごろは、まず「決まっていないこと」を、勉強会の主催者に一度だけ確かめました。相手は初心者が十人ほど、時間は十五分。そのうえで、いちばん重い「伝えたい一つ」を、自分で決めます。

ごろ
ごろが打った文「来週、勉強会で話します。話す相手はAIをまだ触っていない人が10人くらい。持ち時間は15分。いちばん伝えたいのは『こわがらず、一回さわってみてほしい』の一つだけです。この三つをもとに、話の骨組みを作ってください。まだスライドでなく、話の順番だけで。」
相棒
相棒の返答「三つが決まっているので、骨組みが作りやすいです。15分・初心者向け・『一回さわってほしい』を芯にした流れです。
  1. つかみ: 私も最初はこわかった、という話
  2. AIって、こわい? という素朴な問い
  3. 実は、話しかけるだけ(黒い画面は出てこない)
  4. 便利な使い方の例を5つ紹介
  5. きょう帰ったら、これを一回だけ
  6. まとめ: こわがらず、一回さわってみて 」

画面で見えること六つの流れが縦に並び、それぞれに一行の中身がついています。

ごろは、うなずきながら読みました。ところが、四つ目の「例を5つ紹介」で、手が止まります。十五分で、初心者に五つも見せたら、きっと全部こぼれてしまう。

ごろ
ごろが打った文「4つ目の『例を5つ』は、15分だと多すぎます。いちばん身近な例を1つだけにしてください。残りは『もっと知りたい人は、あとで』のひと言に。」
相棒
相棒の返答「はい、四つ目を絞りました。
  1. いちばん身近な例をひとつ(たとえば、晩ごはんの相談) └ 『ほかにもいろいろできますが、今日はこの一つだけ持って帰ってください』 」

画面で見えること五つあった例が一つになり、残りは「あとで」のひと言に変わりました。全体は、ぐっと軽くなりました。

仕上がった骨組みは、こうです。

1 つかみ  私も最初はこわかった
2 問い    AIって、こわい?
3 答え    実は、話しかけるだけ
4 例      いちばん身近な例をひとつだけ
5 一歩    きょう帰ったら、これを一回
6 まとめ  こわがらず、一回さわってみて
※芯は「一回さわってほしい」の一つだけ

いちばん伝えたい一つは、一つに絞ります。 ごろは、欲張りかけたところで、四つを次の機会に回しました。

この日はこう返ってきました。三つの決めごとが同じでも、出てくる骨組みの流れや言葉づかいは、頼むたびに毎回すこし違います。

手順
  1. 決まっていないことを、先に一度だけ確かめる

    こうした方がいい

    相手と時間は、思い込みでなく主催者に聞く

    ごろはこうしてみた

    「初心者10人・15分」を、勉強会の人に一度だけ確認した。

  2. いちばん伝えたい一つを、自分で決める

    こうした方がいい

    ここは相棒でなく自分が決める。芯は自分の中にある

    ごろはこうしてみた

    「こわがらず、一回さわってほしい」に決めた。

  3. 三つを揃えて渡し、「まず骨組みだけ」と頼む

    こうした方がいい

    スライドを頼まず、話の順番だけを先に出させる

    ごろはこうしてみた

    「まだスライドでなく、話の順番だけで」と区切った。

  4. 出てきた骨組みの「詰め込み」を探す

    こうした方がいい

    時間に対して要素が多い場所を見つける

    ごろはこうしてみた

    「例を5つ」が15分には多すぎると気づいた。

  5. 芯からはみ出す要素を、次の機会に回す

    こうした方がいい

    全部消さず、「あとで」のひと言に逃がす

    ごろはこうしてみた

    例を一つに絞り、残りは「もっと知りたい人は」にした。

  6. 固まった骨組みを、そのまま次の勝負(スライド)へ渡す

    こうした方がいい

    三つ決め、骨組み、スライドを一続きにする

    ごろはこうしてみた

    直後に「この骨組みをスライドの並びに」へつないだ。

うまくいったかの確かめ方

手元の骨組みが、口で言える一つの芯を中心に流れていて、その芯からはみ出す要素を一つでも「次の機会」に回せていれば成功です。「今日はこれだけ持って帰ってほしい」を一文で言えたら、下ごしらえは終わっています。

答えタップして答え合わせ
ごろ

B。 スライドの枚数は、いちばん最後に決まることです。

先に決めるのは、目の前の誰に、何を、ひとつ持って帰ってもらうか。この一つが決まると、話の順番も、要る枚数も、後からついてきます。順番が逆だと、枚数だけ決まって中身が空っぽの資料ができあがります。

増補もっと知りたい人へ (3)
深掘り

なぜ、スライドより先に「三つ」を決めるのでしょうか。発表の準備には、決めることがたくさんあります。相手、時間、順番、枚数、言葉づかい、質問への備え。これを全部いっぺんに考えると、頭は容量いっぱいになって、いちばん簡単な「スライドの枚数」あたりから手をつけがちです。ところが、枚数から決めると、中身が枚数に引きずられます。八枚と決めたから八枚ぶんの何かを埋める、という空っぽの作業が始まるのです。相手・時間・芯の三つを先に決めると、この順番が逆になります。芯があって、時間があって、だから要素はこれだけ、と中身のほうから枚数が決まります。

三つのうちでも、いちばん効くのが「伝えたい一つ」です。人が一回の話から持ち帰れるものは、たいてい一つです。二つ三つ言われても、翌日に残るのは、良くて一つ。だから、話し手が最初から一つに絞っておくと、その一つが残る確率が上がります。逆に、話し手が三つ言おうとすると、聞き手の中で三つが押し合って、どれも残りません。「一つに絞る」は、話をやせさせる引き算に見えて、実は「何かを残す」ための、いちばん確かな足し算です。この芯は、相棒には決められません。相棒は骨組みを組むのを手伝えますが、目の前の誰に何を渡したいかは、あなたの中にしかないからです。

例をもっと

社内の勉強会で、新しい道具の使い方を20分話します。聞き手は同じ部署の10人。いちばん伝えたいのは「まず自分の作業を一つだけ任せてみてほしい」の一つ。この三つで、話の骨組みだけ作ってください。まだスライドはいりません。

趣味の会で、自分のものづくりの流れを5分で話します。聞き手は初心者。伝えたい一つは「完璧を目指さず、まず動くものを作る楽しさ」。骨組みだけ、詰め込まずに。

子どもの学校のPTAで、あるテーマを10分説明します。聞き手は保護者。専門用語なしで、伝えたい一つは「家でできる小さな一歩がある」こと。三つをもとに、順番だけ先に。

読書会で、この本の要点を10分紹介します。伝えたい一つは「難しく考えなくていい」。章立てに引っぱられず、その一つから逆算した骨組みで。

(医療者向け・ダミーデータ前提)院内勉強会で、あるテーマを15分話します。聞き手はスタッフ。伝えたい一つを軸に、骨組みだけ。数値や事例はすべて仮のダミーで、私が正しい内容に差し替えます。

ごろつまずき集
  • 症状: 伝えたいことが三つも四つもあって、絞れない。原因: 全部大事に見えている。一手: 「今日話さなかった分は、次の機会に回せる」と考えます。一回で一つ。残りは在庫にしておけば、また話せます。
  • 症状: スライドを先に作り始めて、中身が薄くなった。原因: 枚数から入った。一手: いったんスライドを閉じて、相手・時間・芯の三つに戻ります。中身は、三つから降りてきます。
  • 症状: 相手や時間が、あいまいなまま準備が進む。原因: 思い込みで決めつけている。一手: 主催者に一度だけ確かめます。初心者と詳しい人では、同じ話でも別物になります。
  • 症状: 骨組みが、15分に対して長すぎる。原因: 芯からはみ出す要素が多い。一手: 芯から遠い要素を「もっと知りたい人は、あとで」のひと言に逃がします。ごろが例を一つに絞ったのが、これです。
あせらず、ゴロゴロ。
読んだ