コラムD ごろのデスク日記
D-6

メモリという名の、机の広さ

メモリは頭の良さではなく、机の広さです。

気づけば、パソコンの「メモリ」の数字をじっと眺めるごろがいました。少し前まで、そんな数字は見たこともなかったのに、です。

きっかけは、止まったことでした。AIと並走して作業をしていると、ある日ぱたりと止まる。画面は固まり、何も動かず、再起動するしかない。あの何もできない数分間の、腰の重くなること。それが何度か続いて、ごろはようやく理解しました。メモリは頭の良さではなく、机の広さです。 机が狭いと、どんなに優秀な相棒でも書類を広げられません。広げられないと、途中で全部を床に落とします。それが「止まる」の正体でした。

それで、買い替えのとき、ごろは生まれて初めてメモリの数字にこだわりました。店員さんに聞かれてもいないスペックの話を自分からして、帰り道は少し誇らしい気持ちでした。効果は地味で、そして絶大でした。止まらない。ただそれだけのことが、いちばん効く買い物でした。待ち時間が消えると、頼みごとの腰が軽くなるのです。

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そして今のごろは、広くなった机を前にこう思っています。「もう少しだけ、足りない気がする」。……この「気がする」は、たぶん一生治りません。だから、次の話を書くことにしました。あせらず、ゴロゴロ。

広い机いっぱいの書類を二匹の相棒が処理する横で、ごろが机の端を長いものさしでこっそり測る
あせらず、ゴロゴロ。
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