19章 玄関編
19-4

たくさん作れる時代の、届け方。量のつぎに残るもの

量とうまさで並ばれたら、最後に人が選ぶのは、「誰が語っているか」です。

相棒と作った、きれいな記事を十本まとめて出したのに、いちばん読まれなくなる。その理由は、どっちだと思いますか。

  • A. 自分の作るものが、まだ下手だから
  • B. まわりのみんなも、同じくらいきれいなものを、同じくらいたくさん出しているから

答えは、この話のいちばん下にあります。

この話を読むと

誰でもたくさん作れるようになった先で、量とうまさで並ばれても、自分に何が残るのかが見えてきます。

作っても読まれない、とへこむのは、あなたの腕が悪いからではありません。多くの人がぶつかるのは、道具が広まって、みんなが同じくらいきれいなものを、同じくらいたくさん出せるようになったからです。きれいさとたくさんで差がつかなくなると、次の問いが立ち上がります。同じくらいのものが並んだとき、人は何で選ぶのか。ごろも、外に出た先で、この壁にぶつかりました。

整った紙の洪水にごろの十枚も同じ顔で流れ、ごろが岸で自分のものを見分けられなくなる

考え方は、市場に並んだ果物と同じです。どの店の林檎も、同じようにつやつやで、同じように大きくて、同じ値段だとします。こうなると、林檎そのものでは選べません。人が選ぶのは、「あの店主が、いつも笑って売っている店」だったりします。並んだものの質が横一列にそろうと、選ぶ理由は、ものから、それを出している人のほうへ移っていきます。発信も、これと同じ流れの中にいます。

外に出たごろは、はじめ、量で勝とうとしました。相棒がいるので、お知らせでも、記事でも、いくらでもきれいに作れます。十本まとめて出す。最初のうちは、少し読まれました。得意になりました。ところが、しばらくすると、まわりのみんなが、同じ道具を持ち始めます。同じくらいきれいなものが、同じくらいたくさん、川のように流れてくる。ごろの十本は、その流れに、すっと沈みました。

そして、ここは太字にします。量とうまさで並ばれたら、最後に人が選ぶのは、「誰が語っているか」です。 きれいなものが世にあふれるほど、その裏側にいる、実在する人の顔と、その人らしさが、かえって珍しくなります。ごろが勝てる場所は、いちばんきれいな十枚ではなく、ごろにしか出せない、ごろらしい一枚のほうでした。

実演

読まれなくてへこんだごろは、布団に潜ってから、ふと考えました。自分は、どんな発信なら読むだろう。となりのタマの、下手だけどタマらしい一枚は、いつも読んでいます。知らない誰かの、完璧な十枚は、読み飛ばしています。ごろは、起き上がって、相棒に相談しました。

「きれいなものを、たくさん出しても、読まれません。落ち込んでいます。でも、私自身は、下手でもその人らしいものを読んでいる気がします。私の場合、何が『私らしさ』になるのか、一緒に棚おろししてくれますか。」

相棒は、ごろの中にある材料を、三つの棚に分けて並べ直しました。ひとつ、実際にやってきた実績。ふたつ、まわりから見た、ごろの人柄。みっつ、ぜんぜん違う得意を、掛け合わせたときの珍しさ。ごろは、この三つを見て、自分の看板が、うまさの外にあることに気づきます。

得意になったごろは、その場で「じゃあ、この看板で、また十本出そう」と言いかけます。指が止まりました。数で戻るのは、さっき沈んだ道でした。ごろは、十本ではなく、いちばんごろらしい一枚を、ていねいに出すことに決めます。

量のつぎに残るのは、うまさではなく、その人らしさ。ごろは、川に沈んだあとで、それを見つけました。

紙の川からごろが一枚だけ、タマの少し線がゆがんだ絵を拾い上げ、うまさ以外のものを見つける
ごろはじめの一歩
  • どこで: いつものチャット画面で。落ち込んだ、その勢いのまま。
  • どうやって: 「自分の看板を、実績・人柄・掛け算の三つで棚おろしして」と頼む。うまさや量の話は、いったん脇に置く。
  • きっかけ: たくさん出しても読まれない、と感じた、まさにそのとき。沈んだ実感が、看板の棚おろしの合図です。
ごろはじめの一歩

あせらず、ゴロゴロ。

実録・やってみた

外に出て、しばらく経ったころのことです。ごろは、量で勝とうとしていました。相棒がいるので、記事でもお知らせでも、いくらでもきれいに作れます。最初のうちは、たしかに少し読まれました。ごろは、得意になっていました。ところが、ある朝、いつものように十本出しても、反応が、ほとんどありません。

このごろの発信
・出した数 → 毎回、十本くらい
・きれいさ → 相棒がいるので、いつも高い
・最初 → 少し読まれた
・今 → ほとんど読まれない
・気分 → 作っているのに、誰にも見られない

ごろは、へこんで、布団に潜りました。天井を見ながら、ふと考えます。そういえば、自分は、どんな発信を読んでいるだろう。となりのタマの、線のゆがんだ一枚は、いつも見ています。でも、知らない誰かの、完璧な十枚は、開きもしません。この違いは、何だろう。ごろは、起き上がって、相棒に聞いてみました。

ごろ
ごろが打った文「きれいなものをたくさん出しても、読まれません。でも、私自身は、下手でもその人らしいものを読んでいます。私の『らしさ』って、何でしょうか。私の得意を三つ掛け合わせると、どんな珍しさになりますか。」
相棒
相棒の返答「掛け合わせで珍しさを作る、という考え方があります。一つの得意で一番になるのは大変ですが、そこそこ得意なものを三つ掛けると、その組み合わせにいる人は、ぐっと少なくなります。たとえば、〇〇が得意で、△△も好きで、□□もできる人、というふうに。あなたの得意を、三つ教えてもらえますか。」

画面で見えること最初の答えは、まだ一般論でした。「あなたの得意を教えて」と、こちらの中身を聞き返してきています。

ごろは、なるほど、と思いつつ、少し物足りなさも感じました。掛け算の話は分かるけれど、これだと、どんな人にも同じことが言えそうです。ごろは、自分の実際の話を、渡してみることにしました。失敗談も、そのまま。

ごろ
ごろが打った文「では、私の実話で。私は、めんどくさがりで、家事を全部AIに投げてきました。何度も失敗しています。一時間で燃料を溶かしたり、大事なファイルを消しかけたり。でも、その失敗を、となりのタマに、いつも笑い話として話しています。タマは、私の失敗話をなぜか気に入っています。この三つ、掛け合わせると、どうなりますか。」
相棒
相棒の返答「急に、具体的になりました。整理すると、こうです。
ごろの掛け算
・得意1 → めんどくさがりの、徹底した自動化
・得意2 → 自分の失敗を、隠さず話せること
・得意3 → 身近な相手(タマ)に、笑い話として届けること
掛け合わせると
→ 『失敗を先に見せながら、めんどくさがりの自動化を、やさしく伝える人』

これは、うまい人の完璧な発信とは、別の場所にいます。うまさで並ぶ道ではなく、あなたにしか立てない座標です。」

画面で見えること一般論だった答えが、ごろの失敗談を渡したとたん、ごろだけの座標に変わりました。

ごろは、この座標を見て、はっとします。自分が勝てるのは、いちばんきれいな十枚ではなかった。失敗を先に見せて、飾らず、寄り添う。それは、うまさの外にある、ごろだけの看板でした。得意になったごろは、その勢いで、こう打ちそうになります。

ごろ
ごろが打った文の途中「よし、この看板で、また十本まとめて出しておい……」

指が、止まりました。「あ」。数で戻るのは、さっき沈んだ道でした。ごろは、打ちかけた文を消します。

ごろ
ごろが打った文「十本はやめます。この座標で、いちばんごろらしい一枚を、ていねいに作ります。送るのは、私がやります。」
相棒
相棒の返答「はい。数でなく、らしさで。一枚を、ていねいに作りましょう。出すときは、最後にご自分の指で。」

画面で見えること量で戻ろうとした手が止まり、一枚をていねいに、に切り替わりました。

この一件で、変わったこと
・勝ち方 → 「たくさん・きれい」から「ごろらしい一枚」へ
・看板 → 実績・人柄・掛け算の三つで棚おろしした
・掛け算 → 失敗を見せる×自動化×やさしく届ける
・出し方 → 十本まとめてでなく、一枚ていねいに

量とうまさで並ばれたら、最後に人が選ぶのは、「誰が語っているか」です。 ごろは、川に沈んだあとで、自分だけの座標を見つけました。

この日はこう返ってきました。掛け算の座標は、その人の実話と失敗を渡してはじめて、その人だけのものになります。一般論のままでは、誰の看板にもなりません。

手順
  1. 「読まれない」を、腕のせいにしない

    こうした方がいい

    質と量が横一列にそろっただけ、と受け止める

    ごろはこうしてみた

    へこんだが、自分の腕でなく、みんなが同じ道具を持ったせいだと気づいた。

  2. 自分が何を読んでいるか、思い出す

    こうした方がいい

    完璧な十枚か、その人らしい一枚か、どちらを開くかを見る

    ごろはこうしてみた

    タマの下手な一枚は読み、知らない誰かの完璧な十枚は飛ばしていた。

  3. 看板を、三つの棚で棚おろしする

    こうした方がいい

    実績・人柄・掛け算の三つで、うまさの外にある自分を出す

    ごろはこうしてみた

    相棒に三つの棚に分けてもらった。

  4. 一般論で止めず、自分の実話を渡す

    こうした方がいい

    失敗談ごと渡すと、掛け算がその人だけの座標になる

    ごろはこうしてみた

    燃料を溶かした失敗まで渡したら、急に具体になった。

  5. 量で戻ろうとしない

    こうした方がいい

    沈んだのは数の道。同じ道で戻らない

    ごろはこうしてみた

    「また十本」を打ちかけて、手を止めた。

  6. らしさで、一枚をていねいに出す

    こうした方がいい

    数でなく、自分の座標に合う一枚を、自分の指で出す

    ごろはこうしてみた

    十本をやめ、ごろらしい一枚に絞った。

うまくいったかの確かめ方

自分の看板が、うまさや量でなく、「実績・人柄・掛け算」の三つで言葉になっていれば成功です。その中に「これは、自分にしか言えない」という座標が一つでもあれば、量のつぎに残るものが見えています。

この章のまとめ。玄関を出ても、鍵は自分が握っている

開いた玄関でごろが片足を外へ出し、『あったらいいのに』一覧と『送信は自分の指』を持って最初の一歩を踏み出す

四つ。この勝負で、ごろは、家の中の猫から、外へ出る猫に変わりました。回った先の「暇だな」を次の一歩の合図として受け取り、外で回すための線引きを身につけ、外の頼まれごとを、相棒と並べてさばけるようになりました。そして、誰でもたくさん作れる時代に、量とうまさで並ばれても、最後に残るのは「どう届けるか、誰が語るか」だと知り、いちばんきれいな十枚ではなく、ごろらしい一枚を選べるようになりました。

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けれど、外に出ても、握ったまま離さない鍵が一つあります。外に向かって出すものは、最後に自分が押す。棚おろしの「あったらいいのに」から、どれを選んで作るかは自分。外で下書きを頼んでも、送信は帰ってから自分の指。頼まれごとを受けるか断るかは、三つの道を並べたうえで、自分が決める。相棒がしてくれるのは、道を照らし、下書きを作るところまで。外へ出る一歩を、実際にふみ出すのは、いつも自分です。

家の外は、家の中より、できることが広がります。誰かとつながり、頼まれ、応え、また新しい「あったらいいのに」に出会う。広がっても、鍵さえ握っていれば、外の活動は、ちゃんと自分のものです。そして、外に出ているあいだも、家の留守番は動いています。だから、安心して出られます。

ずっと家の中で回していたごろは、いま、玄関の戸を開けて、外の朝日のなかへ、はじめの一歩をふみ出しました。

昇格の瞬間。家の中で回すだけだったゴロニャンから、自分の足で外へ出る「でかけるゴロニャン」へ。

あせらず、ゴロゴロ。

答えタップして答え合わせ
ごろ

B。 きれいな記事が読まれなくなるのは、あなたの腕のせいではありません。

まわりのみんなも、同じ道具で、同じくらいきれいなものを、同じくらいたくさん出しているからです。質と量が横一列にそろうと、そこでは差がつきません。差がつくのは、その裏にいる「誰が語っているか」です。うまさで並ばれたら、自分らしさのほうへ、静かに軸を移します。

ごろあなたの番3分

そのまま使える文例です。コピーして、自分の言葉に少し変えて使ってみてください。

私の得意を三つ、掛け合わせたときの珍しさを考えたいです。まず私の実話と失敗談を話すので、そこから一般論でなく、私だけの座標を言葉にしてください。

経理が得意で、お菓子作りが好きで、人に説明するのも好きです。この三つを掛けると、どんな「その人らしい発信」になりそうか、座標として並べてください。

増補もっと知りたい人へ (4)
深掘り

なぜ、誰でもたくさん作れるようになると、量とうまさで差がつかなくなるのでしょうか。ものが少ないうちは、たくさん出す人が目立ちました。先に走り出した人のうちは、量そのものが力になります。「あの人、いろいろ出していて面白そう」と見てもらえた。ところが、道具がみんなに広まると、全員が発信を始めます。同じくらいきれいなものが、川のようにあふれ、どれも似て見える。受け取る側は、見きれずに疲れて、もう見たくなくなります。この情報過多の構造は、じつは半世紀も前から予告されていました。経済学者のハーバート・サイモンは、1971年の時点で「情報の豊かさは、注意の貧しさを生む」と言っています。情報が増えるほど、人の注意という別のものが、足りなくなる。作れる量が増えるほど、読んでもらえる注意は、逆に希少になっていく。ごろの十枚が沈んだのも、この構造の中でのことでした。

では、質と量がそろったあと、人は何で選ぶのでしょうか。ここで軸が、ものから人へ移ります。著述家の山口周は、正解を出すコストが十年で百分の一に下がった、と語っています。正解が安く手に入るようになると、正解そのものでは差がつかなくなる。筋トレのことなら、AIで最適な栄養管理を知れても、最後はボディビルで優勝した人の話が聞きたい。化粧品なら、きれいなあの人が実際に使っているもの。体のことなら、実在する医者。実績と、実在する人。それが選ばれる理由になります。しかも、誰でも語れるようになったぶん、選ぶ基準は、その人の人柄にも広がります。「あの人、優しそう」「話が面白そう」。教育者の藤原和博は、百分の一の得意を三つ掛け合わせると、百万分の一の希少性になる、と語っています。一つで一番になれなくても、そこそこの得意を掛け合わせた座標には、めったに人がいません。ごろの「失敗を見せる×自動化×やさしく届ける」も、その掛け算の一つでした。起業家のけんすうは、きっちりこなすだけの人から仕事を失っていく、これからは性格や関係性で選ばれる、と語っています。会社の名前より、個人名の時代へ。「あの会社」ではなく「あの人がいる会社」で選ばれる。デザインも同じです。音楽のジャケ買いのように、見た目は中身への入口ですが、「誰が語るか」は、その一枚奥にあります。見た目で手に取ってもらうのが一回きりの出会いなら、「あ、あの人のいつものやつだ」と分かる署名は、二度目からの指名です。いちどそう思ってもらえたら、次からは、内容を確かめる前に、その人の名前で開いてもらえます。

ただし、ここで決めつけないことも、同じくらい大事です。知識そのものが無価値になるわけではありません。知識には無限の価値がある、と語る経営者(起業家のアービンド・スリニヴァス)もいます。下がるのは、暗記の値段のほうで、上がるのは、判断と、良い問いを立てる力です。何を選び、何を問うかは、人の側に残る。「誰が語るか」の話も、決着がついているわけではありません。社会派ブロガーのちきりんは、これからは個人よりテーマが主役になる、という反対の見立てを語っています。発信の中心が、個人から、関心事のまわりの集まりへ移るかもしれない、という声です。どちらが正しいかは、まだ分かりません。だから、この本は、両方を並べて置くだけにします。ごろが選んだのは、そのうえで、ごろらしく語る、というひとつの道でした。人柄も、失敗も、掛け算も、ぜんぶ含めて、ごろとして出す。うまさで並ばれても、ごろがごろであることだけは、誰にも並べません。それで、じゅうぶんでした。

例をもっと

私の得意を三つ、掛け合わせたときの珍しさを考えたいです。まず私の実話と失敗談を話すので、そこから一般論でなく、私だけの座標を言葉にしてください。

経理が得意で、お菓子作りが好きで、人に説明するのも好きです。この三つを掛けると、どんな「その人らしい発信」になりそうか、座標として並べてください。

ものづくりの仕事をしていて、犬を三匹飼っていて、片づけが異常に好きです。この掛け合わせで、私にしか出せない切り口を、いくつか出してください。

私は、うまく作ることより、失敗を隠さず見せるほうが向いている気がします。この「失敗を先に見せる」を軸にした場合、私の発信がどう変わるか、一緒に考えてください。

出す数を増やす相談ではなく、自分らしさで一枚を選ぶ相談がしたいです。私の人柄や過去の話から、いちばん私らしい一本のテーマを、選ぶのを手伝ってください。

ごろつまずき集
  • 症状: 量産をやめたとたん、凝りすぎて、一枚も出せなくなる。原因: 「らしさ」を、完璧さと取り違えている。一手: らしさは、うまさではありません。下手でも、その人らしければ届きます。ていねいに、でも、出すことは止めない。
  • 症状: 人柄で選ばれると聞いて、優しい人を演じようとして、疲れる。原因: 自分でない人柄を、作ろうとしている。一手: 演じた人柄は続きません。失敗も含めて、素のままを出すほうが、結局らくで、伝わります。
  • 症状: 掛け算を、盛りすぎて、嘘になる。原因: 珍しく見せたくて、やっていない得意まで足している。一手: 掛けるのは、本当にある得意だけ。実話と失敗から拾えば、盛らなくても、じゅうぶん珍しくなります。
  • 症状: まわりの完璧な発信と比べて、落ち込む。原因: うまさの土俵で、勝負しようとしている。一手: その土俵は、もう横一列です。比べるのをやめ、自分の座標に戻ります。ごろが川に沈んだあと、拾い上げた一枚が、これです。
この章の転用サマリ
  • 講座なら、この章はまるごと一コマ(90分前後)になります。前半で「回った先の渇き→あったらいいのにの棚おろし」で気持ちを外へ向け、後半で「出る身支度→頼まれごとのさばき方」を手を動かして通す、二部構成が組みやすい形です。
  • M3連載(15分動画)なら、各話がそのまま一本で、この章だけで三回ぶんになります。19-1「回った先の暇だな」、19-2「外で回す身支度」、19-3「頼まれごとの三つの道」と、玄関を出るまでの流れを三回で追わせると、物語としてつながります。
  • 日経メディカルのコラムなら、各話にダミーデータ前提の医師向け切り口があるので、そのまま三回の連載に割れます。全体を貫くのは「回るようになった先に、外へ向かう活動がある」という一本の筋で、講演・執筆・後進育成に時間を回したい読者に届きます。
  • 勉強会なら、各話の10分ワークを続けて回すと、全体で30分前後の一続きのワークになります。短くするなら、19-1と19-3の二ワークだけでも「あったらいいのにを出す」「頼まれごとを三つの道で並べる」の核は伝わります。
  • どの形に切っても、外に向かって出すものは最後に自分の指で押す、という鍵だけは落とさないのが、この章の背骨です。
あせらず、ゴロゴロ。
読んだ