並べたら、分からなくなった
同時に開いていた時間は、進んでいた時間ではなく、私が行き来していた時間でした。
(配置: 7章「二刀流編」の直後)
7章で、ごろは二匹目の相棒を迎えました。考える役と手を動かす役を分けたら、仕事が安定する。そこまでは、よかったのです。問題は、そこから欲が出たことでした。
働き手を分けたら速くなった。じゃあ、三匹、四匹と並べれば、もっと速いのでは。そう思ってしまったのが、しくじりの入り口です。
私は実際に、三つも四つも同時に走らせはじめました。あっちの画面で下書き、こっちの画面で直し、その隣で別の調べもの。画面のあちこちで、何かが同時に動いている。最初は、うまく回っている気がしました。自分がすごく有能になった気さえしました。
ところが、しばらくすると手に負えなくなります。あっちの子が何を終えたのか、こっちの子がいま何を待っているのか、追いかけているうちに見失う。画面を切り替えて戻ってくるころには、さっき何を頼んだのか自分でも思い出せない。全部が半分ずつ進んだまま、どれも仕上がらない。速くするつもりが、いちばん遅い状態を、自分の手で作っていました。

限界だったのは、AIの数ではありませんでした。こちらの目のほうです。
働き手は、何匹でも増やせます。でも、それを一度に見ていられる人間の目は、一つきり。同時に追える数には、はっきり天井があります。数を増やした瞬間に「何が起きているか分からない」に変わるなら、それは速くなったのではなく、ただ見えなくなっただけでした。
工夫として、一つの画面の横に相棒たちを並べて置ける道具(Cursor)に、私はたどり着きました。窓を行き来しなくても、横目で全員の様子が見える。これは、ずいぶんラクになりました。
でも、それでも分かったことがあります。並べて見やすくしても、一度に頭で追える数は、やっぱり限られる。道具で視界は広がっても、こちらの注意そのものは広がらないのです。だから今は、同時に走らせるのは自分が横目で追える数までと決めて、それ以上は順番に回すようにしています。
机を分けて安全に並走させる話は7-3「同じ机を、二匹で同時に触らせない」に、走らせたものを迷わず止める話は14-3「止め方を、先に決めておく」に、それぞれ本編で書いています。私は今、並べる前にこの二つを先に見返すようにしています。
>あせらず、ゴロゴロ。
ある日の私は、三つの用事を抱えていました。メルマガの下書き、その見出しの直し、本文に足す参考リンク集め。全部きょう中に終わらせたい。じゃあ全部いっぺんに走らせよう、と画面を三つ開いたところから始まります。
まず一つ目の画面で、下書きを頼みました。
ごろが打った文この題材でメルマガの下書きを一本。まだ荒くていいので、通しで書いて。
返ってきたのは、いきなりの完成品でした。
相棒の返答はい、こちらが下書きです。 「AIに任せる、その前に。、今日は『任せ方』の話をします。(…本文が七段落続く…)次回もお楽しみに。」
画面で見えること整った本文が一気に表示される。もう仕上がって見える。
私はここで「お、できてる」と満足して、二つ目の画面へ移りました。見出しの直しを頼みます。
ごろが打った文さっきの下書きの見出しを、もっと引きのある形に三案。
相棒の返答承知しました。ただ、直す対象の下書きがこの画面にはありません。どの本文の見出しでしょうか。全文を貼っていただくか、内容を一行で教えてください。
画面で見えること直すはずの本文が、こっちの画面には無い。
ここで気づきます。下書きは一つ目の画面の中にいて、二つ目の画面はそれを知りません。画面ごとに記憶は別々だったのです。私は一つ目に戻ってコピーし、二つ目に貼り直しました。その往復をしている間に、三つ目の画面で走らせていたリンク集めが何を待っているのか、もう思い出せなくなっていました。
三つ目に戻ると、こう出ていました。
相棒の返答先ほどの「この記事の主張に近い公的な情報源を探して」について、公的機関のページを三件まで探せばよいでしょうか。件数の希望を教えてください。
私は、自分が三つ目に何を頼んだのかを、その画面の履歴を読み返してようやく思い出しました。三つとも中途半端に開いたまま、頭は行ったり来たりで、どれも一歩も進んでいません。この日の私の手元は、こういう状態でした。
[画面1] 下書き … 一本できたが、見出し直しにまだ渡せていない
[画面2] 見出し直し … 「どの本文?」で止まっている。私が貼るのを待っている
[画面3] リンク集め … 「何件?」で止まっている。私が答えるのを待っている
→ 三つとも「私の返事待ち」で停止。進んだ実感だけがあって、完成はゼロ結局この日は、三つを閉じて一つ目だけに絞り、下書き→見出し→リンクの順に一本ずつ通したら、あっけなく全部終わりました。同時に開いていた時間は、進んでいた時間ではなく、私が行き来していた時間でした。
この日はこう返ってきました。相手は毎回すこし違う聞き返し方をします。一度目で必要な情報を全部そろえて返してくることもあれば、この日のように途中で聞き返してくることもあります。
散らからずに複数の用事を片づける、一つずつ回す手順です。
用事を全部書き出す(1行)
こうした方がいい頭の中でなく、画面の外の紙かメモに出す。数が目で見えると、多すぎに気づけます
ごろはこうしてみた下書き・見出し・リンクの三つと書き出したら、その時点で「三つは多い」と分かりました。
順番を決める(1行)
こうした方がいい後の用事が前の結果を使うなら、その順に並べる。並列でなく直列に組みます
ごろはこうしてみた見出しは下書きが要る、リンクは本文が要る。だから下書きを先頭に置きました。
一つ目だけ開いて頼む(1行)
こうした方がいい残りの画面はまだ開かない。開くと、つい触りたくなります
ごろはこうしてみた二つ目・三つ目は閉じたまま、下書きだけに集中しました。
区切りで止めてもらう約束をする(1行)
こうした方がいい頼むときに「終わったら止まって、次に進む前に私に聞いて」と一言添える
ごろはこうしてみた「一本書けたら、次いく?とだけ聞いて」と最初に言い添えました。
一つ仕上がってから次を開く(1行)
こうした方がいい前が完成してから、初めて次の画面を開く。半分のまま次に移らない
ごろはこうしてみた下書きが確定してから見出しの画面を開き、それも決まってからリンクへ進みました。
一日の終わりに「完成したもの」を数えることです。開いた画面の数でなく、仕上がった数が増えていれば成功です。手元に半分のものが並んでいたら、まだ多すぎのサインです。
あなたの番3分そのまま使える文例です。コピーして、自分の言葉に少し変えて使ってみてください。
買い物リストの整理を頼みたい。全部一気にやらず、まず食品だけ。できたら止まって、私の確認を待って。
週末の旅行の下調べを、宿・移動・食事の順で。一つ終えるたびに要点を三行でまとめ、次に進む前に私に聞いて。
増補もっと知りたい人へ (3)
なぜ、並べるほど遅くなるのでしょうか。AIそのものは、増やしても疲れません。詰まるのは、いつも人の側です。心理学では、人が一度に注意を向けて手元に置ける情報のかたまりは、たいてい四つ前後までと言われています。相棒を四匹並べた瞬間に見失ったのは、この天井にちょうど当たっていたからかもしれません。
もう一つ、切り替えそのものにも費用がかかります。あっちの画面から、こっちの画面へ。頭を一度切り替えるたびに、さっきまで何を考えていたかを積み直す時間が、そのつど発生します。数が増えるほど切り替えの回数が増え、この積み直しだけで一日が溶けていく。動いていた時間の多くが、実は仕事そのものではなく、行き来と思い出しに消えていたわけです。速さの上限を決めていたのは、AIの数ではなく、こちらが一度に頭へ乗せられる数のほうでした。 だから並べて見やすくしても、追える数までしか進まない。ここが、道具では広げられない境目です。
同時に散らかさず、一つずつ回すための頼み方です。
三つの作業(下書き・見出し直し・参考リンク集め)がある。まず下書きだけを進めて。終わったら「次いく?」と一言だけ聞いて、私がはいと言うまで次に進まないで。
いま何を待っている状態か、一行で教えて。私は別の画面から戻ってきたところで、続きが思い出せません。
買い物リストの整理を頼みたい。全部一気にやらず、まず食品だけ。できたら止まって、私の確認を待って。
週末の旅行の下調べを、宿・移動・食事の順で。一つ終えるたびに要点を三行でまとめ、次に進む前に私に聞いて。
(医療者向け・ダミーデータ前提)架空の症例メモを三件、要点だけ短くそろえたい。一件ずつ出して、私がよしと言ってから次の一件へ。実在の患者情報は使いません。
つまずき集- 症状: どの画面で何を頼んだか思い出せない。原因: 同時に走らせすぎ。一手: いったん全部止め、いま追える一つに絞る。残りは順番待ちの列に並べる。
- 症状: 並べる道具を入れたのに、やっぱり混乱する。原因: 視界は広がっても注意は広がらない。一手: 見える数と、頭で追える数を別に数える。追える数のほうを上限にする。
- 症状: どれも半分ずつで、一つも仕上がらない。原因: 全部を少しずつ進める癖。一手: 一つを仕上げてから次へ、と決める。仕上がりの数で進み具合を測る。
- 症状: 戻ってくると相棒が勝手に先へ進んでいる。原因: 「私の確認を待って」を伝えていない。一手: 頼むときに、区切りごとに止まって聞くよう最初に言い添える。
